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ワカンタンカ

趣味を中心に色々レビューしたり、日々の生活を書いていきます。

生きることが辛い、苦しい人に オススメの仏教の本

 

悩むことが無駄に多い人生でした

 

どうにかして悩みを減らそうとして

宗教や哲学について調べたりしてみても

あまり納得する考えに巡り合わなかったのですが

 一番合理的なのかもしれないと思ったのが仏教の本でした

 

ちょっと長くなります。

自分なりの解釈もありますが、よろしくお願いします。

 

 

宗教はやばそうなイメージ

ありますよね

仏教はまだマシですが、宗教というだけで拒否してしまう人が多いと思います。

 

仏教は宗教というより 哲学的、科学的な考え方が好きです。

日本人の多くが宗教というと身構えてしまい

カルトのような危ないイメージに結びついてしまうと思いますが

考え方の参考にするだけで、わざわざ出家したりお布施したりしませんので

悩みが減らすのに割り切って利用すればいいだけです。

 

考え方なんて道具だと思うので

自分に合った考え方を見つけましょう

その方がきっと楽になれます

 

日本の仏教とは違う

僕が合理的だと思ったのは仏教と言っても

東南アジアで広まっている上座部仏教よりの方です

テーラワーダ仏教ともいわれています。

上座部仏教 - Wikipedia

 

日本で広まっている大乗仏教では ほとんど葬式専用になってしまっています。

観光でお寺に行く、お墓参り以外で

仏教を感じるものが少ないと思います。

用語などは日常生活に沢山使われていますけどね

 

更に詳しく言えば

お釈迦様と呼ばれている ゴータマシッダールタ個人の考え方です。

仏教を開いた人です。

 

オススメの本

発言集、名言集のような

スッタニパータ ダンマパダ ウダーナヴァルガなどが有名です

 

 

これはシッダールタの考え方が沢山載っているので

悩みが多い人にはぜひ読んでほしいです。

 

買ってふとした時に読むのがいいと思います

暗記しようとか、読まないといけないと思うと退屈になります

 

なるべく伝わりやすい言葉で書かれているので

構えなくても読みやすいです。

 

まず、仏教そのものについて知りたい方はこれがオススメ

 分かりやすく書いてあるので難しく感じません

 

大まかに仏教の根本などが学べるので

大人の常識としても読んでおきたい本です。

 

お釈迦様も悩んでた

お釈迦様は29歳で嫁と子供を捨てて出家します

小国ですが、シッダールタは王子であり 財産もあり 家族もありました

(30歳までに自分の人生の方向性を決めたいというのは超親近感わく)

 

庶民からしたら全てを手にしてる男であり

お前に悩みなんてねーだろと言われそうですね

むしろ羨ましがられる立場だと思います。

 

ですが、周りから見たら幸せで満たされていそうでも

本人にしか分からないのが悩みだと思います。

 

産まれた時から何不自由なく暮らしていて

物質的に満たされた人生を送ってきたからこそ

昔から当たり前に存在していたものがあっても空しいと思うのではないでしょうか

 

あまりいい例えではないかと思いますが

普通の健常者は 耳が聞こえる事 目が見える事 自分の足で歩けることに

いちいち幸せを感じることはないでしょう

自分が恵まれていたとしても 当たり前になってしまうと

何が幸せかわからなくなってしまいます

 

ゴータマ本人がどうやって悩みを捨て

悟りを開くまでに至ったかが書いてある本

苦しんで苦しんで悩みから解放されます

実に人間臭い生き方だと思います。

 

この本にも書いてありますが

シッダールタ本人は神でも預言者でもなく

自分で悩みぬいて考え抜いて

悟りという答えを自分で見つけた人です。

 

他の宗教の批判ではないですが

僕はそこが普通でいいと思います。

 

仏教の基本の考え方

一言で言うと 人生ってそもそも苦しいもの 以上

死ぬほど分かりやすいですね

苦しみの原因が大きく分けて2つあるのですが

 

まず、それだけかよ?ってなると思いますが

もう少しだけ詳しく解説すると

 

1つ目

老いる事 病気になる事 死ぬ事 

この3つは人間が絶対に避けられない事です。

(もっと詳しく知りたい方は四門出遊でググって下さい)

 

この3つは絶対に避けられない事ですよね?

今あなたが理想としている人

出来る事なら、この人と人生を取り換えたい そう思う人がいたとしても

その人ですら 老いる 病気になる 死ぬ この事からは逃れられません

 

どれだけ完璧な理想の自分になったとしても

150年後に 老けてない 病気になってない 死んでない

この3つのどれにも当てはまらない理想の自分を想像出来ますか?

この3つに当てはまらない場合は もはや人間やめてるだけです。

 

人間として生きることは

この3つの事実と共に生きなければいけないことなのです

超絶極端に言えば 人間ってそもそも最終的に死ぬために生まれて生きてるんです。

 

この絶対に避けられない事実 悩みの元が

大前提として人間にあるから

人生はそもそも苦しいんだ 悩みが尽きないんだという事になります。

 

 

2つ目

様々な煩悩

上で老いる事 病気になること 死ぬ事が3つの事実と書きましたが

それでも受け入れたくないのが人間です

どうしても否定したくて悩むのが人間です。

 

どうせ最終的に死ぬと分かっていても

なら死ぬまでに楽しい思いをしたい 

例えば、セックスしまくりたい 金を稼ぎまくりたい ずっと若くいたい

そういった願望が尽きることなく生まれてきます。

願望と煩悩は同じ意味だと思ってください

 

ただ、そういった願望達も

3つの悩みの元と同じように 結局は自分自身を苦しめる事になります。

 

まず願望が叶えられない場合 叶わないことに絶望します

自分に能力がないからだと 否定的になってしまいます

 

次に願望が思った通り叶った場合 続かないことに絶望します

一生セックスしてることも 一生金を稼ぐことも 一生若くいることも

永遠に続けられることはありません

 

そこでさっきの3つの避けられない事実に繋がってしまいます。

どれだけ欲望が叶えられても 終わりがないことは有り得ません

むしろ自分にあったものがなくなることが怖くなってしまいます。

 

シッダールタが辿り着いた悟り

人間が悩みから解放されるには

3つの事実を受け入れ 煩悩を捨てる事

 

これが悟りです。

単純であり 合理的ですね

悩みの元がなくなれば 悩むこともなくなります

 

ですがそれが本当に難しいですよね……

もしこれが簡単に出来たら 

あなたはすでに仏陀になれてますから安心して下さい

 

ずっと修行しながら生きているお坊さん達ですら

生涯をかけて悟りを目指していくんですから

一般人で数日考えて悟りを得られる人なんてほぼいないと思います。

(悟りを得るかは人それぞれなので、否定はしないでおきます。)

 

ですが人生をかけて悟りを目指していくことで

悩みが少しづつ減っていき 悟りに近づけると思います

そのことが大切なんだと思っています。

 

3つの事実を受け入れる

第一歩としては、まず3つの事実を受け入れる事です

老いる事 病気になる事 死ぬ事 

これから逃げないで向き合うことです。

 

自分の家族、恋人、友人など 自分にとって大切な人が

病気になったり、死ぬということは耐えられない苦痛です。

 

僕も頭では事実として分かっているはずでも

実際に家族が明日死んだら 悲しんで絶望してしまいそうになると思います。

 

祖父母や両親が老いて 病気になり 死に近づいていることを見ていると

やるせなくもなります。

特に祖父母が少し認知症の初期症状が出てきているので

変えられない事実に対しても どうにか変わらないものか

認知症が止まってくれて 次会うときには、症状が良くなっていないかと

会う度にそう考えてしまいます。

 

結局そんなことはなく

少し気分が落ち込んでしまいます

 

ですがそれが変えられない事実です

誰にも変えられない事実があるだけです

 

そのことに対して一喜一憂しないで

なるべく平常心で受け入れていけるように 自分の気持ちをコントロールする練習が必要です。

 

難しいですが 老病死からは逃れられない事実なので

ただ事実があって 悲しいとか嬉しいとか考える必要はないのかもしれません

それでも感情は失くせないので 少しづつ慣れるしかありません

 

僕も認知症の症状に対して イライラすることが減りました

認知症の人への対応で 同じことを何回言っても理解してくれないから

つい返事が適当になったり 怒ってしまいそうになることがよくあると思います。

 

介護や福祉で悩んでいる人には共感してもらえるかもしれませんが

僕はそういう対応をしてしまった後に

激しい自己嫌悪に陥ってしまいます

祖父母は悪くないと分かっているはずなのに

どうしてもイライラしてしまう そんな自分が嫌になってしまって

 

ですが事実として受け入れていくことで

イライラすることが減るので 相手への対応も良くしていくことが出来ます

そのことが更に自己嫌悪を減らしていってくれるので

長い目でみればお互いにとって良いことばかりだと思います。

 

毎日少しづつやることしか出来ませんが

それでも数年後にイライラすることが大分減るなら

十分やる価値があると思います。

 

煩悩を捨てる事

これもとても難しいことですね

囚われる事 執着心 すがっているもの など

そういったものです

 

極端な話ですが 家 財産 家族などもそうです。

失くしたら絶望してしまうものがなければ無敵でしょう

 

執着するものが何もなければ悩むこともありません

これもいきなり無くすのは無理なので

毎日少しづつ考えていくしかありません

 

少し冷たい言い方なのですが

家 財産 家族がなくなっても 自分の人生は続いていきます

ですが現代の日本で完璧に考え方をこれに合わせるのは難しいので

 

自分が大切だと思っているものは 

絶対に替えが効かないもので 価値があるものかどうか吟味していくのが

執着心を減らす手助けになると思います。

 

財産ですが 貯金や家 いつも使っている車やバイク、家具、家電

僕ならギター 女性なら貴金属や宝石など

たしかに大切なものかもしれませんが

これらは物質的には変わりが効くものです

 

物質的なものを失ったとしても

思い入れ、思い出は失うことはありません

本当に価値がある思い入れ、思い出は誰にも奪うことの出来ない

貴方だけの大切なものです。

 

物質的なものは 突き詰めればそこまで価値がないものなんです

にもかかわらず、私たちは自分が何を持っていて

何を持っていないかをずっと考えてしまう

それこそが煩悩の元になって、更に悩みを深くしていくというのに

 

少しづつでいいので

物質的なものに執着することを減らしていくのが大切だと思います。

必要なものはありますが それ以上に不必要なものに執着しないように

 

自分にとって大切な人への思いを捨てることは難しいです

とても冷たく思えてしまうかもしれませんが

 

3つの事実は変わらないので

大切な人がその事実で苦しむとしても

自分にはどうしようもないことなのです

ただの諦めに似たような感じに見えてしまうかもしれませんが

 

事実を知ることと諦めて何もしないことは違います

事実を知って、残された時間を穏やかに過ごしていくことは勇気がいることですし

体力もとても使います。

 

自分が穏やかでいることは

自分の大切な人にとっても大切なことです。

穏やかでいられることで人に優しくすることが出来ます。

僕もまだまだ心が落ち着くことが少ないので

少しづつ穏やかな気持ちでいられる時間が長くしていきたいです。

 

幸せってなんなんだろう

僕の祖父母も認知症が少しずつ始まってきています。

家族にも障害を持っている人がいます。

それでも人生は続き、ちゃんと生きています

 

こういう事実 誰にもどうすることも出来ない事実は 

どうしても周りに相談し辛く

また、少し恥ずかしいような気持ちにもなってしまうのではないでしょうか

僕も前はずっとそうでしたし 今でもたまにそんな考えに囚われて

数時間死にたくなったりもします。

 

私達は何故か人生って楽しいもの 幸せにならないといけないと

無意識のうちにそう考えていることが多いと思います。

その幸せというのも 多くは誰かと比べたうえでの幸せであることが多いのではないでしょうか

 

誰かと何かを比べて幸せだと感じるのは

比べた人より自分の方が上だからという理由です

比べた人より自分の方が下だった場合は不幸になります。

 

そんな風に気持ちの浮き沈みが激しい気持ちが

本当に幸せと呼べるのでしょうか?

 

本当の幸せの定義は難しいのですが

僕は少なくとも他人の影響を強く受けるものではないと思います。

 

人生ってそもそもは苦しいもので 悩むのが当たり前っていう考え方は

少し新鮮な気がします。 

 

周りと自分を比べてしまい

自分は不幸だと思い、陰鬱な気分になり

自分は幸せだと思うために、自分より劣った人間を見つけて

安心することは幸せとは呼べないと思います。